イチローの年俸(年収)がすごい!子供時代は?嫁の事業は年商○億円!

こんにちは。今日はシアトルマリナーズ所属のプロ野球選手、イチローこと、鈴木一郎選手について紹介したいと思います。

何やら、イチロー選手の年俸(年収)が物凄いとの噂を耳にしたので、調べてみました。

早速行きましょう!

 

イチロー選手のプロフィール

 

出身地 愛知県西春日井郡豊山町
生年月日 1973年10月22日
身長 180.3 cm
体重  79.4 kg

投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1991年 ドラフト4位
初出場 NPB / 1992年7月11日
MLB / 2001年4月2日

 

イチロー選手の年俸(年収)がスゴイ!

 

イチローの年俸推移

日本時代

1992年 430万円(契約金4,000万円)

1993年 800万円

1994年 800万円

1995年 8,000万円

1996年 1億6,000万円

1997年 2億6,000万円

1998年 4億3,000万円

1999年 5億円

2000年 5億3,000万円

メジャーリーグ時代

2001年 約5億6,666万円

2002年 約3億6,960万円

2003年 約4億6,666万円

2004年 約6億5,000万円

2005年 約12億5,000万円

2006年 約12億5,000万円

2007年 約12億5,000万円

2008年 約18億円

2009年 約18億円

2010年 約18億円

2011年 約18億円

2012年 約18億円

2013年 約6億5,000万円

2014年 約6億5,000万円

2015年 約2億4,000万円

2016年 約2億4,000万円

2017年 約2億4,000万円

2018年 8,000万円+出来高(合計2億1,000万円)

 

実質の年俸は2億1000万円という事で、44歳のイチロー選手。この歳でこれだけ稼ぐ野球選手が他にいるでしょうか?

マリナーズとの契約となったイチロー選手ですが、当初の情報ではメジャー選手で最低の年俸5,780万円でした。

しかし、その後の調査によると、年俸8,000万円で出来高プラスαで2億円以上になるとか。(実質と前年と大きくは変わらない)

ただ、おそらくは日本に復帰すれば、これ以上の年俸も見込めたと思いますが、やはりメジャー志向が強いというわけですね。

 

さて、こう見ると、メジャーリーグ時代は、すさまじい年俸になっていますね。

最高で18億円…。

これまでの年俸を合わせれば100億は軽く超えています。

さらにここに、イチロー選手の場合はユンケルやオリックスのCMなども入ってきます。

そして、イチロー選手のCMのギャラは、

約1億円

だと言われているため、これにさらに億単位でプラスされることになります。

 

さらにすごいのは、この1億円ほどのギャラ、実は1本なんですよね。

つまり、イチロー選手が出演しているすべてのCMを合わせたギャラが1億なのではなく、1社のCMが1億なのです。

そしてイチロー選手はオリックスのCMやキリンビールのCMなど、2桁のCMに出演しています。

なので、軽く10億円以上はCMのギャラで年間得ている計算になるのです。

そのため、イチロー選手の現在の年収自体、

軽く10億円を超えている

と見てよさそうです。

ちなみに、全盛期のイチロー選手の年収は2010年。

なんと年収32億円!

年俸の18億円に、スポンサー料などで14億円を手にしていたわけです。

世界を代表するアスリートは、ほぼセレブと言って間違いないと、改めて手にしているお金の凄まじさを感じさせられた次第です。

全盛期のイチロー選手の年収は32億円…!もう住む世界が違いますね(笑)

 

子供時代は?

 

今ではこんなに活躍しているイチロー選手ですが、どんな少年時代を過ごしたんでしょうか?

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イチロー選手の子供時代①/幼少期

2兄弟の次男として生まれたイチロー選手。

初めてバットを握ったのは3歳の頃。

それ以来寝る時もボールを離さないほど野球好きな

子供だったそうです。(父の談話より)

3歳から7歳くらいまでは1年の半分くらい野球の練習を

していたそうなので小さい時から集中力が凄かったんですね!

 

イチロー選手の子供時代②/小学生

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野球部に入り始めたのは意外にも小学3年生の時からで

地元の豊山町スポーツ少年団に所属します。

しかし当時は練習が日曜日しかやっていなかった為

学校から帰宅すると近くの公園で父親と野球の練習をしていた

イチローはそれでも満足できなくなりほぼ毎日

バッティングセンターに通い詰めるようになります。

速度は小学3年生で100キロを打っていたそうです!

 

 

ほぼ毎日通っていた為その内100キロでも物足りなくなり

イチロー専用の打席を作ってもらい行く前には電話をしてお店側に準備を

してもらっていたそうです。

特別待遇を受けるほどかなり通い詰めてた事が分かりますね!

普通は専用打席なんてなかなか作らせてくれないので

お店側も理解のある素敵なお店だと思います。

今でもそのイチロー専用打席は残っているそうですよ\(^o^)/

 

ちなみに同時期に元日本ハムファイターズの稲葉篤紀さんも

同じバッティングセンターに通っていて、当時の稲葉さんは

「隣で物凄い速い球を打っている人がいるな」とイチロー選手を

覚えていたそうです。

「木のバットで120キロぐらいの球を打っていた」と語っています。

 

小学校を卒業する4年間イチローはほとんど休むことなく練習を繰り返し行って

いた事を明かしています。

友達と遊びたい盛りの子供がこれだけ熱心に打ちこむのは

本当に凄いなと感心します。

 

イチロー選手の子供時代③/作文

こちらはイチロー選手が小学6年生の時に書いた作文です。

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作文の中からいくつか抜粋してまとめてみました!

・将来の夢は一流のプロ野球選手になること

・中学、高校で全国大会に出て活躍すること

・3年生から6年生まで365日中360日は激しい練習をしている

・一週間で友達と遊べるのは5、6時間

・中日ドラゴンズか西武ライオンズに入団する

・契約金は1億円以上が目標

・去年の全国大会で自分が一番の選手と確信した

・全体を通じて打率は五割八分三厘で納得の成績でした

・一流の選手になったらお世話になった人に招待券を配って応援してもらう

 

いかがでしょうか!

小学6年生が一枚の作文にまとめた内容とは思えない程しっかりと

目標や思いが書かれています。

一流の人はまずしっかりとした目標がありそれに向けて自分が

何をしないといけないのか何をすれば達成できるのか

道筋をしっかりと立てて、その夢を達成するために努力を惜しまない人が

多いですがイチローはそれが小学生で出来ていたのだから

本当に脱帽します。

 

またお父様からはよく「人は一人では生きていけない。

沢山の人の支えがあって生きていける。周りの人には常に

感謝をしなさい」と言われていたそうで

お世話になった方々に招待券を送って応援してもらうのも夢だと

書かれているのは父の教えがしっかり伝わっている証だと思います。

管理人である私が恥ずかしながら小学生のイチローから

学ばないといけないことが沢山あるなと感じた作文でした(´;ω;`)

 

作文に書いた夢や目標をイチローは次々に達成していきます!

 

なんて素晴らしい話でしょうか。お父さんも教えも素晴らしいですが、反抗期になっていてもおかしくない年のイチロー選手も素直にお父さんの教えを聞き入れていて、凄いですよね。

 

イチロー選手の子供時代④/中学生

中学は学校の軟式野球部に所属しエースで3番を主に務めます。

作文に書いた通り中学3年生の時に全国大会に出場し3位の成績を収め

数多くの強豪校からオファーを受けその中から愛工大名電を選びます。

また成績も優秀で学年で常にトップ10に入っていたそうです!

これだけ野球の練習に明け暮れているのにしっかりと勉強もできる

辺りは並大抵の目標レベルではないことが伺えます。

 

※2016年に稲葉篤紀さんと対談。

中学3年時にバッティングセンターでいつものように

練習していた時、高校1年生だった稲葉篤紀さんと遭遇し

周りから「プロに行くかもしれない人だよ」と言われ

イチローが稲葉さんのバッティングを見た所

「稲葉さんには大変申し訳ないけど、俺プロ行けるなと思った」

と直接稲葉さんに話しています。

 

イチロー選手の子供時代⑤/高校生

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入学から地元ではすでに有名だったイチローは

1年生から即レギュラーを獲得し、2年時に夏の甲子園、

3年時に春の甲子園出場を果たします。

高校3年間の通算成績は536打数269安打で打率.501

19本塁打、131盗塁だそうです。

3年間通して打率が5割超えてるのはもう超人です(笑)

 

高校時代のイチローは部活以外の時に一日10分必ず素振りを

行っていたそうです。

それを休むことなく365日どんな時も何があろうと続けることで

「誰も出来ないことをずっとやってきたから打てる」と試合で

自信に変えていたと言います。

 

誰も出来ないことをやり続ける。私も見習いたいもんです…(笑)

 

1日10分ならできそうに思えますが365日休むことなく毎日

続けるのはほとんどの人が出来ないのではないでしょうか。

イチローなりに空いた時間に絶対毎日できる事を考えて

練習に励んでいたんですね!

やはり一流選手は考える事も実行力も違います。

野村克也さんが「天才が努力をするととんでもない選手になる」

とおっしゃっていましたが本当にその通りだと思います。

 

以上イチロー選手の子供時代でした!

父が優秀だから今のイチロー選手があるんですね\(^o^)/

息子にこれだけ二人三脚で練習に付き合ってくれる父親は

なかなかいないですし出来ない事でもあります。

でも親の教えで子供の可能性は大きく変わると思うので

これから自分の子供に野球を教えようと思ってる方は

是非イチロー選手の家族を参考にしてみてはいかがでしょうか!

なんかもう、いい話過ぎてちょっと泣きそうです(笑)

嫁の事業は年商○億円!

イチローと弓子夫人が結婚したのは1999年。当時TBSのアナウンサーだった弓子夫人は、入籍を機に退社し、以降陰で夫を支え続けた。

「中でも日々の体調管理は弓子さんの最大の仕事。プロ顔負けの料理の腕前で、イタリアンから中華、フレンチ、和食まで何でも作れる。もちろん栄養の計算も完璧。食材の買い出しに1日3時間かけ、試合の終了時間を予測して、帰宅後の絶妙のタイミングでテーブルに並べる徹底ぶりです」(スポーツ紙記者)

 

 

イチローの超一流のパフォーマンスは、弓子夫人の“内助の功”があってこそのものだった。しかし今、弓子夫人の手腕は“ビジネス”に発揮されていた。彼女は2009年、シアトル市内に美容エステ店『エンサロン』をオープンしている。

「もともと美容の仕事に興味があったんです。夫婦には子供がおらず、イチロー選手の遠征時は自由な時間もありましたからね」(前出・スポーツ紙記者)

同店はネイルやヘアカット、全身マッサージなど多種多様なコースを備え、スタッフは全員日本人。トリートメント1回で60ドル(6000円)、パーマは最高で500ドル(5万円)という高級路線だが、これが評判となった。

 

あれ!?この「エンサロン」知ってますよ!弓子夫人の店でしたか…!世間は狭い(笑)

美容系の事業のほとんどは人件費。高級路線でいけば、人件費を賄うのはわけありません。

シアトルという立地でスタッフが全員日本人なので、少し遠くても、アメリカにいる日系人がくるでしょう。

 

 

まさに「地の利を得た」ビジネスです。そして弓子夫人の事業の年商はなんと100億円を超えるそうです。

凄いですね…!夫婦合わせた世帯年収で考えたら、とんでもない事になりますね(笑)

 

ところで、「毎月あと五万円稼げたらなぁ…。」

って思いませんか?

 

会社は副業禁止だし、アルバイトなんてやっている時間はないし…!

でもお小遣いは欲しい。

 

そうですよね?

 

だったらこれで無料でちゃっちゃと稼いで、焼肉でも食べ行きませんか?

上司に「あなたの10倍稼いでます」って言えますか?(笑)
あなたは自分の上司に、 「あなたの10倍くらいは、 余裕で稼いでますよ(笑)」 って、面と向かって言えますか? 普通に考えたら、 そんなこと無理ですよね(笑) え?そんな状況がそもそもない? いえいえ、実は
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