大迫勇也の年俸(年収)がスゴイ!高校時代は選手権で「半端ない!」

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こんにちは。今日はサッカーチーム、ブンデスリーガ・FCケルン所属で日本代表の大迫勇也選手について紹介したいと思います。

何やら、大迫勇也選手の年俸(年収)が物凄いとの噂を耳にしたので、調べてみました。

早速行きましょう!

 

大迫勇也選手のプロフィール

 

 

生年月日 1990年5月18日
出身地 鹿児島県加世田市(現南さつま市)
身長 182cm
体重 73kg

在籍チーム FCケルン
ポジション FW(CF, ST)
背番号 13
利き足 右足

 

大迫勇也選手の年俸(年収)がスゴイ!

 

 

海外で活躍する大迫勇也選手ですので、年俸もかなりもらっているのではないでしょうか。また、移籍の噂もそろそろ・・・

と期待している方も多いと思うので、調べてみました。

 

まず、大迫勇也選手の年俸ですが、現在所属している1.FCケルンでは

なんと1億8000万円もらっているそうです!

 

鹿島アントラーズ時代が年俸2000万円だったそうなので、かなり飛躍していますね。

 

Jリーグの最高年俸が遠藤保仁選手の1億6000万円なので、大迫勇也選手の年俸は日本人としてはかなり多い方ではないでしょうか。

 

 

なんと大迫勇也選手年俸(年収)は1億8000万円という事で、現在まだ27歳ですから、まだまだ年俸が上がる可能性がありますから、本当にすごいですよね。

 

FCケルンとは2020年まで契約を結んでいますので、あと二年はFCケルンでのプレーが見れるって事ですね。それに対して大迫勇也選手は

 

ケルンはドイツでは大きなクラブですし、

日本の方々にも関心、好感を抱いてもらっていると思います。

それに僕は家族とともにここでの生活を好んでいます。

ここに残ることには幸せを感じます

と語っています。

 

 

これからの活躍が楽しみですね!

 

高校時代は選手権で「半端ない!」

未だに破られていない。高校サッカー選手権大会の最多得点記録を持つ大迫勇也。

高校サッカーのレベルでは、本当に、止めようが無かったと思う。それを証明してくれたのは、中西氏の「大迫半端ないって」の一言だと思う。

高校生とは思えない正確な足元の技術、冷静な判断から多くのゴールに絡むオールラウンドプレーヤー。

身体の使い方が上手い。一旦、大迫勇也にボールを預けても奪われないので、味方は安心して、ボールを預けられる。

そこから、様々な展開が出来るので、攻撃の厚みができる。

実際にTVで、試合を見たが、これが高校生?と思えたのは、よく覚えている。サッカーセンスの塊のような感じであった。

今は、ブンデスリーガ1部のケルン、日本代表で活躍しているが、大迫勇也を大きく変えたのは、高校サッカーでの日々があったからのようだ。

いったい、高校サッカーでどのようなことがあって、大迫勇也は、どう変わったのか?

大迫勇也は、高校生の時から変わらないサッカーに対する意識がある。

ストライカーとして、ゴールに直結するプレーをしないと存在感を示していくことが出来ない。

鹿児島城西高校サッカー部に入部した時は、周りを上手く活かすのが上手い選手であったそうだ。

 

高校時代から、その点は優れていたようですね。所謂、天性のものだったのでしょう。

ただ、貪欲に得点を奪いに行くFWではなかったらしい。よく日本人に言われる言葉ですよね?

よくも悪くも日本人らしいプレーヤーだったようだ。

身体の強さ、懐の深さ、キープ力、状況判断の良さなど、FWとして必要な能力を持ち合わせていた。サッカーセンスは、抜群だった!

ただ、ゴールに向かう姿勢、シュートへの意欲といったところは、欠けていたようであった。

何でもこなせることが、逆に悪い方向にいってしまった。

サッカーセンスは、光るものがあった。ポストプレーや、反転してからのシュートは、逸品だったそうだ。

この時から、ある程度完成されていたのですね!すぐにでも、高校サッカーレベルでやれていたわけですね。

しかし、得意のポストプレー、相手DFを背負ったプレーが多く目立ち、肝心なゴール前のプレーがあまり出来ていなかったようだ。

要は、簡単にいけばゴールに直結するところを、簡単にさばかずに、手数をかけてしまい、チャンスがチャンスにならなくなる場面もあったそうだ。

自分の得意の形に持っていこうとするあまり、簡単に仕掛けていく姿勢が薄れてきてしまったのだ。無意識に、そういうサッカーをしていた。

相手DFが、そのことに気づいてしまえば、高校生の大迫勇也を止めることは楽になるだろう。

サッカーセンスはあるのだが、埋もれていく可能性が高かった。

そんな状況の大迫勇也のサッカーを変えたのが高校時代の恩師であった。

高校時代の恩師が、大迫勇也に求めたモノとは?

高校生の大迫勇也の悪い癖に気が付いたのは、鹿児島城西高校サッカー部の小久保監督でした。

小久保監督は、起用していくうちに、

「彼をもっと得点の取れる選手にしなければいけない」

と考えるようになったらしい。同時に教育方法も考え始めたという。

小久保監督曰く、

「勇也はシュートがうまい。タイミング、ボールを捉える技術などが非常に高いので、そこを伸ばしていくために、高校3年間はセンターフォワードとして育てようと思った」

と決めたらしい。

やることは、一つ。常にゴールという結果を求め続けることに決めた。そういうサッカーを植えつけることだった。

まず手始めに、特徴である周りを活かすことに関してはあまり言わず、相手DFを背負って、後ろ向きになるプレーをすることにかんしては、厳しく指摘をしたそうだ。

小久保監督の貪欲なストライカーになってほしいという願いからであった。

その頃、大迫勇也のサッカー観が変わる出来事があった。

今までのサッカー観と違うサッカー観を生み出した。

どんなサッカー観だったのだろうか?

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大迫勇也が、変わったきっかけは?

ある時、度々呼ばれていた年代別の日本代表からの落選であった。

U-17W杯を控えたU-17日本代表に招集された。

しかし、最終メンバーに残ることが出来なかった。

その1年前のアジア最終予選直前にも落選していた。

この2度の屈辱は、高校生の大迫勇也にとって、大きな転換期となった。

「自分にはシュートが足りないこと。もっと積極的に相手をかわしてシュートを打ったり、ゴール前で怖い選手にならないと上にはいけない」

と自分で、気づいたのだ。

高校サッカー漫画の「シュート」の平松みたいだなと思った。本当に、そっくりだ。

相手DFに与える恐怖心が足りなかったのだ。これに気づいてからの彼のサッカーは、変わっていった。

大迫勇也の中で見えてきた変化とは?

何で見たかは覚えてないが、何かしらの大会でのゴールで変化が見られたようだ。

Jリーグのスカウトも集まってくるような大会だったらしい。結果は、鹿児島城西高校は3位になった。

しかし、大迫勇也が挙げたゴールは、僅か1ゴールだったようだ。

その時、大迫勇也は、全然力を出せずに悔しがっていたそうだ。

自分に対する怒り、不甲斐なさを抑えきれなかった。

小久保監督は、この1ゴールを凄く喜んだ。これこそ、小久保監督が日々大迫勇也と共に積み重ねて来たモノであった。

どこの高校との対戦かも、私にはわかりませんが…。

中盤にボールが入った時に、どちらかのサイドに流れて、パスを受け取った瞬間に前を向きマークを2人を振り切り、豪快にゴールを決めたらしい。

今までに、見られなかった形でのゴール。大迫勇也の中で起き始めた変化の象徴だった!

大迫勇也の中で着実に変化が生まれていたのが見て取れたシーンであったそうだ。

進化した大迫勇也のサッカーとは?

ここから彼のサッカーの進化が加速していった。まさに、サッカースタジアムが、大迫劇場になった。

まずは、高校3年に進級すると、プリンスリーグ九州で得点王に輝く。

高校、ユースで争う、高円宮杯全日本ユースでは、宇佐美貴史率いるG大阪ユースを相手にハットトリックを達成。

G大阪ユースと言えば、ユースの中でも強豪チーム。その相手に、ハットトリックは凄い。

結局この大会で、4ゴールをマークした。チームは、ベスト8まで勝ち進んだ。

そして冬の高校サッカー選手権大会では、個人最多ゴール記録となる10ゴールをマーク。

高校サッカー選手権大会では、大迫勇也は、注目選手であったため、対戦相手に厳しいマークにあっていた中での記録。

中々、自分のサッカーをさせてもらえない状況でだ。

これは、本当に凄いと言うしかない。決勝では、破れはしたが、高校サッカー選手権大会で準優勝。

進化したサッカーを見せつけられたであろう。

小久保監督は、

「これまでは周囲から『いい』と言われていてもそれほど点を取っていなかったし、点を取れる選手に生まれ変わった。それが凄く嬉しかった」

とコメントしている。

小久保監督の日々の指導により、高校サッカーで、新しいサッカースタイルで、プロ入りをした。

2009年に鹿島に入団して、高卒ルーキーで、開幕ベンチ入りを果たした。

第5節のFC東京戦で、J初ゴールを挙げる。

その後、順調に成長し、鹿島のストライカーとしてチームを救っていった。

そして、2013年には、キャリアハイの19得点を挙げる。

その活躍もあり、サッカーの本場、ドイツ2部の1860ミュンヘンへの完全移籍を果たした。

そして、ドイツ1部に復帰が決まったケルンと3年契約での移籍。

さらに、2014年ブラジルW杯に出場し、第1戦のコートジボワールと第2戦のギリシャ戦は、スタメン起用であったが、何も出来ずに途中交代。第3戦は、出場せずチームも敗退。

その後も、ケルンで活躍をし、2020年までの契約延長を勝ち取った。

現在は、ブンデスリーガで最下位にいるが、大迫勇也の調子が上向いてくれば、チームの順位も上がっていくでしょう。

 

高校の三年間で急成長を遂げた大迫勇也選手。

何よりも名言は全国大会の準決勝で対戦した相手チームの滝川選手の

 

「大迫半端ないって!!」

は名言になり、10年以上経った今でも伝説となり、Tシャツまで出ています(笑)

 

何度見ても笑えますね(笑)イラストは入ってませんが、Tシャツも買えるので、良かったらどうぞ(笑)これを着ればあなたも「半端ない」選手になれるかも?↓

 

以上になります。いかがでしたでしょうか?

他の記事も書いてますので良かったら見てください。ありがとうございました。

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